鳥取地方裁判所 昭和40年(わ)72号 判決 1969年4月05日
主文
被告人は無罪。
理由
第一本件公訴事実
本件公訴事実の要旨は「被告人は、鳥取市新品治町一番地所在日ノ丸トラック株式会社に自動車運転手として勤務し、全国自動車運輸労働組合日ノ丸トラック支部の執行委員長であるところ、昭和四〇年四月二七日午後七時三〇分頃、当時同会社大阪支店から出雲営業所に向け定期便貨物自動車四台を運転していた同労組員川上斉外七名がいずれも右自動車を鳥取県八頭郡智頭町所在同会社智頭営業所構内に駐車させて下車し、職場を放棄したので、会社側において右自動車四台を代替運転手である池本登喜雄等四名をして発車させようとしたところ、これを阻止すべく同労組員川上斉ら一一名と共謀の上、同日午後二時二五分頃、右池本登喜雄が右自動車の内の一台に乗車し、これを運転発車させようとした際、同車の前部並びに後輪前にそれぞれ俯せ或は座り込み労働歌を合唱する等して、威力を示し、よつて同車の発車を阻止し、かつそのため同車東側から代替運転者河村幸治外二名が運転発車させようとしていた他の貨物自動車三台の発車をも不可能ならしめ、もつて同会社の定期便貨物自動車による貨物の運送業務を妨害したものである。」というのである。
第二当裁判所の認定した事実
(一) 争議に至る経過
被告人は、昭和二九年四月日ノ丸トラック株式会社(当時の日ノ丸運送株式会社)に入社し、昭和三二年春本採用とともに右会社の従業員で組織する日ノ丸トラック労働組合(当時の日ノ丸運送労働組合)に加入し、組合の執行委員、書記長を経て昭和三八年日ノ丸トラック労働組合執行委員長となつた。その後の同年六月頃組合の運営や運動方針に不満を持つ一部組合員が、脱退して新組合の「日ノ丸トラック労働組合」を結成した結果、二つの組合に分裂したが、右新組合の結成に当つては会社役員らが組合員に対して旧組合からの脱退と新組合への加入を慫慂する等組合の組織、運営に対する不当介入の事実があつたものとして、被告人の属する旧組合では同年七月三日鳥取地方労働委員会に対し救済の申立をしたところ、同年一一月一九日右委員会より右程度の事実を認めたうえでの救済命令が発せられた。なお旧組合は同年七月三〇日全国自動車運輸労働組合に加盟して同組合日ノ丸トラック支部と改称した(以下単に全自運組合という)が、被告人は本件争議当時も引き続き右組合の執行委員長の地位にあつた。
本件争議の行なわれた昭和四〇年の春闘当時、新組合の日ノ丸トラック労働組合(後に私鉄総連に準加盟した、以下単に私鉄組合という)は全従業員中の大半約四〇〇名をもつて組織され、一方全自運組合は少数組合となり僅々三〇余名をもつてそれぞれ組織されていたが、その頃でも会社側職制により、全自運組合に加入しようとする者に慰留を試みる等の不当介入を思わせる行為が行なわれていたため、全自運組合及びこれを指導する被告人と会社との間には引き続き強い対立抗争の関係が継続しており、前記地方労働委員会の救済命令には双方が再審査の申立をしていたので、救済申立事件は、当時、なお中央労働委員会に係属していた(この事件は、会社側が地労委の命令を尊重し、別に争われていた被解雇者を原職に復帰させること等を条件として、昭和四一年七月五日にいたり和解が成立した)。
全自運組合は昭和四〇年の春闘において、上部団体が統一要求として指示した基本給の引上げ(具体的には七、五〇〇円)等のほか企業内独自のものを含む二三項目の要求を掲げて、同年三月一三日以降四回にわたり会社側と団体交渉をもち四月二三日第一回のストライキ(以下単にストという)を実施し、その頃賃金については、一、〇〇〇円の増額回答を得たが、年来の要求である仮眠室の部屋割、布団カバーの取り付け等労働衛生の最低基準に関する諸要求については、何ら適切なる回答が示されなかつた。
そこで全自運組合は常任闘争委員会において、会社側の敵視策や少数組合無視の態度を改めさせ前記諸要求の実現を図るために、従来の単純な職場放棄では代替要員によつて容易に車両が運行され無力であることから、ピケッティング(以下単にピケという)によつて代替要員を排除しストを実効あらしめる戦術をとることに決定した。またスト中の車両の取扱に関し、会社と私鉄組合との間では、下り便トラックは鳥取以東ならば鳥取本社でストに入り下車して車両は会社に引渡す、との協約が結ばれていたが、全自運組合との間では何らの協約もないのでこれには拘束されず、ただ全自運組合は、本件争議に当り、もとの日ノ丸トラック労働組合の頃の慣行である事前の通告は守ることとし、大阪発出雲行の下り便トラック四台を四月二七日鳥取県八頭郡智頭町所在日ノ丸トラック智頭営業所に集結して四八時間ストを行なうことに決定し、同月二五日会社側に二七日から四八時間ストに入る旨文書で通告するとともに、対象となるトラックの運転手で全自運組合員である川上斉外七名に対し右要領でストに突入するよう指令した。
(二) 争議行為の内容
(1) 昭和四〇年四月二七日、被告人は争議の指導のため智頭に赴き、午前七時頃道路上で待機していた大阪発出雲行下り便トラック四台を前記智頭営業所の構内に誘導し、その運転手川上斉ら八名及び鳥取から応援に来た柴田吉朗ら三名の計一一名の全自運組合員と四八時間ストに突入したが、右組合員らは、営業所構内の奥隅に三台の車両を奥に向けて平行に並べ、これら車両の前にこれと直角に残り一台を横にしてこれが発車しない限り他の三台も動けないようにした。被告人は午前八時頃営業所長の佐野義夫に口頭で、又本社の人事部長道谷某に電話で、それぞれストに突入したことを通告した。
右通告を受けた会社側では直ち部長会議を開きスト中の車両を鳥取まで持帰ることに決定し、田中康信企画室長が私鉄組合に所属する池本登喜雄外三名の運転手を連れて智頭営業所に急行し、午前九時三〇分頃右営業所に到着するや直ちにスト中の全自運組合員に車両を引渡すよう要求し、暫時遅れて到着した林糺貸切営業部長もこれに加わつたが、被告人及び右組合員らは、車両の周りに集まり、前記労働衛生の最低基準に関する諸要求に対する会社側の不誠実な態度に抗議し、これら問題の解決促進のため現場において団体交渉することを求めて、田中、林の無条件車両引渡しを拒み、同人らも、鳥取に帰つて団交を開くよう努力するからとにかく車を渡してくれ、と言うのみであつたが、このような労使の折衝は午前中二、三回、時間にして一回につき五分ないし一〇分程度で、平穏に行なわれ、組合員は車の近くでキャッチボール等して時を過ごし田中、林部長らが近づいたとき、車の回りに集まる程度でスクラムを組む等のこともなかつた。
会社側の田中、林、佐野は午前一〇時三〇分頃智頭警察署に三原又新署長を訪ね、ストの経過を説明し、会社は労働協約上も従来の慣行からもスト中の車の引渡しを受ける権利があり、これを拒むのは威力業務妨害であるから警察の方で取締つてほしい、代替運転手により強行運転をしたいが紛争が生じたら出動してほしい等と要請し、同署長より時期尚早と断わられたが、同署長の示唆により、正午頃敷地管理権にもとづき組合員に対し営業所構内からの退去を求めたところ、組合員は会社側も労働基準法三七条違反の事実があると応酬し事態は少しも進展しなかつた。
代替要員である池本登喜雄ら四名は、当日朝単に智頭まで車をとりに行くように命ぜられたのみで、智頭営業所に到着し、全自運組合員から「スト破りに来たのか」と言われる等してはじめて全自運組合がストに入つていることを知つたのであるが、右組合員らに対し積極的に就労の意思を表明することもなく、営業所事務室等で待機していた。しかし右四名のうち岸田政雄は全自運組合員がストをし車両を押えているのに、同じ労働者として会社の命に従えないとし代替運転を断わり、午前一〇時三〇分頃鳥取に帰るということがあつた(そのため代替運転手一名が間もなく補充された)。
三原智頭警察署長は、当日の午前九時三〇分頃すでに鳥取県警察本部(以下県警本部という)から全自運組合が智頭営業所で争議を行なつている旨の連絡を受け、私服の永見勝巡査に争議の模様を調べさせていたが、前記のとおり午前一〇時三〇分頃には会社側から代替運転手による強行運転の意向も聞いていたところ、さらに正午頃には会社側から退去命令を出したが組合員がこれに応じないとの電話連絡を受けるに及び、会社側が運転を強行すれば組合員との間で紛争を生じ、犯罪行為が惹起される可能性が強いと判断して、午後〇時一〇分頃県警本部に警備要員の派遣を要請し、これに応じた県警警備課長の出動命令により、県警機動隊第一分隊分隊長北尾守外隊員一三名が午後一時五〇分頃智頭警察署に到着し三原署長の指揮下に入つた。
当日の午後〇時三〇分頃には私服の深田警部、永見、田中両巡査が情報収集のため争議現場に現われて営業所事務室に出入したり、写真撮影をし、午後一時過ぎには全自運鳥取本部から争議対策として機動隊が智頭に出動したとの情報がもたらされて、争議への警察の介入と察知した被告人及び組合員の間に漸く緊張の色が見え始めたやさき、午後二時二〇分頃、あらかじめ三原署長に出動要請をしたうえで強行運転に決めた会社側の林部長ら五名の、代替運転手四名のほか、前記永見、田中巡査の一一名がほぼ同数の組合員のピケラインに近づき、林部長が指示して代替運転手を各車両に乗り込ませた。その際手前の車両に乗り込む運転手に向つて被告人は「スト破りをするのか」と告げスキャッピングを警告したが代替運転手らはそのまま乗車したので被告人及び組合員らは手前の車両の前後車輪に接して俯せ、或いは坐り込んだのであるが、特に代替要員に対する乗車阻止の行為はなかつた。そのため代替運転手は何ら抵抗を受けることなく各車両に乗り込み、林部長からのかねての指示どおりサイドブレーキをひき、フットブレーキを踏んでエンジンを始動させ警笛を吹鳴させて発車の体勢をとり、林部長も自ら手前の車両のステップに乗り、組合員に退いてくれ、と叫んだが、被告人及び組合員らは「通るなら通れ、わしらを殺して通れ、警察を頼んだら大変なことになるぞ。」などと反発し、車両の回りから移動する気配を見せなかつた。
午後二時三〇分頃、三原署長は田中室長より右状況の説明及び警察の出動要請を受け、現場に派遣していた視察員からの状況報告をも検討したうえ、威力業務妨害の状態発生の虞があり、このまま放置すれば車輪の前後に俯せている組合員の生命身体にも危険が及ぶ虞があるものと判断し、午後二時四五分頃機動隊員、智頭警察署員合せて二七、八名を営業所近くに待機させた上、更に自ら営業所に赴いて会社側の田中室長、情報収集の深田警部から事情を聴取し、午後三時二分頃佐野営業所長を促し組合員に対して構外退去を求める文書を持ち回らせ、次いで午後三時四分頃尾方(広報班長)、深田両警部を伴つて構内入り、尾方警部をして拡声器、掲示文で組合員に対し、君達の行為は違法である、直ちに場外に退去せよ、と警告させた。被告人は三原署長に対し「会社側の一方的な行為である、何故我々の言い分も聞かないのか、正当なストライキであるから帰れ」等と強く抗議し、他の組合員も退去に応じないで、俯せ坐り込みを続けたので、三原署長は遂に午後三時一一分警官隊を営業所構内に導入し午後三時一三分威力業務妨害の状態が継続し、かつエンジン始動中の車両の下で坐り込みを続ければ組合員の生命身体に危険が及ぶ虞がある緊急の場合と判断し、警官隊に被告人及び組合員らを車両の周囲から排除することを命じ、何らの抵抗を受けることなく被告人及び組合員らを引き抜き、午後三時一九分実力行使を終えた。その結果エンジン始動のまま組合員の排除を待つていた各車両は林部長の合図で次々と鳥取に向け出発した。
(2) ところで、私鉄組合では翌日の四月二八日からストを実施する予定であつたが、右組合役員は午前一〇時頃会社側が池本ら私鉄組合員を代替要員として争議の行なわれている智頭に連れて行つたことを知り、全自運のストを妨害しない方針のもとに私鉄組合員を代替要員として使用しないよう会社側に申入れるとともに、これに対する会社側の拒否にかかわらず右組合の正、副委員長が智頭に派遣された池本らをスト中の車両に乗せないため智頭に向つたが、池本らがすでに智頭を出発していたので、やむなく午後四時三〇分頃車両が鳥取本社に到着と同時に池本らを下車させ、他の私鉄組合員にも乗車しないよう指令した。そのため会社側では非組合員によつて本件車両の運行を続けることとし、うち二台は二七日、残りの二台は二八日に出雲に向け鳥取本社を出発した(出発の時刻は明らかでない)。なお、会社側は、代替要員に予定されながら争議現場から帰つた岸田政雄や代替運転の拒否を指令した私鉄組合の役員に対して懲戒処分等はしなかつた。
大阪発出雲行の定期貨物(夜行)便は、運行計画によると午後八時大阪を出発して翌日の午前七時二二分(運行実績では通常午前八時頃から最も遅いものでも午前一一時まで)に出雲に到着することになつているが、本件の車両は争議前日の二六日午後一〇時一〇分ないし二七日の午前〇時五〇分に大阪を出発し、全自運組合員の智頭におけるストや私鉄組合員の鳥取における乗り継ぎ拒否により延着し、出雲には二八日午前三時頃と午前五時頃に各一台、午後二時頃二台が到着した。右車両の積荷はすべて雑貨品で急速な処置を要するものではなく、二八日に散布予定の農薬等一部の品も同日の午前中には引渡されて間に合い、荷受人に対する実質的影響は殆んどなかつた。
以上の事実は、<証拠>を綜合してこれを認める。そして右認定の事実からすると、被告人に刑法六〇条、二三四条に該当する行為があつたということができる。
第三被告人の行為に対する法的評価
本来ピケは、ストに随伴し、その効果を確保するためになされるものであるが、ストの本質が労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にある以上、これに対抗して使用者がなす業務遂行を暴力をもつて妨害し、或いはその自由意思を抑圧し、財産に対する支配を阻害するが如き行為は、許されないものといわなければならない。
しかしながら外形的に使用者の意思を抑圧し、或いは財産支配の阻害となるような様相を呈し威力業務妨害罪の構成要件に該当する場合であつても、当該行為についての諸般の事情よりして未だ労働者側の団結の示威として正当な範囲を逸脱していないと認められるときは、当然違法性を欠くものといわなければならない。
従つて、以下に本件ピケについての諸般の事情に該当する事項につき検討する。
(一) 本件ピケの目的について
使用者の業務活動や非組合員の就労に対するピケが正当な範囲内の行為と認められるためには、その目的が団結の示威や、就労者に争議への協力を求めるための説得を旨とするものでなければならないが、本件においては以下検討するように、会社側が少数組合ゆえにこれを軽視して誠意ある交渉をせず、しかも交渉による自主的解決に努力すべき責務を放棄して警察力の行使による安易な解決を求める等の態度に出たため、被告人及び組合員等がこれに刺激され、会社側に対する抗議と反発から正常のピケが外形的には一時業務を阻害する態様に変形したとしても、それが消極的、受動的態様(抵抗)にとどまり、かつ、従前のピケの一環或いはその終末形態と認められる限り、なお正当な争議目的(団結の示威目的)のピケと評価すべきものと考える。
かかる見地から本件ピケの目的を検討するに、前記認定事実によると、
(1) 前記組合の分裂時及び本件春闘当時において、会社側幹部または職制が全自運組合に対し不当介入を思わせる行為をしていたことからも、会社側が少数組合化した同組合を軽視し、団交の場においても充分な誠意を尽くさなかつたであろうことは窺知するに難くない。
(2) また、本件会社が数百の従業員を擁し、県内屈指の企業であることは顕著な事実であるが、これに反し本件争議当時、全自運組合は三〇余人の少数組合であり、特に本件ストとピケに参加した組合員は、被告人を含め一二名であつて、右のような力関係においては、特殊過激な行動にでも出ない限り単なるピケによつて排他的な車両確保、営業所占拠(すなわち業務阻害目的のピケ)をなすことはもちろん、これを更に持続し得るものとはその力関係に照らして到底予想し難い。
(3) 代替運転手の乗込前のピケにおいては、被告人及び右組合員らは専ら、身近かな労働衛生の最低基準に関する諸要求に対する会社側の誠意のない態度に抗議し、その解決のために会社側幹部に団体交渉を求めているのみで有形力を行使したり、会社側に威迫を加えたりしておらず、しかも検証調書により明らかなように、本件ピケの実施部分は、屋外の開放施設たる営業所構内の一隅であるうえにピケ側の勢力も前記のとおりとすれば、本件ピケによつて車両確保、営業所占拠を排他的または持続的に維持し得るとは到底考えられない。(なお、組合員が、会社側の退去要求に応じなかつた事実があるとしても右営業所は、日通との共用地である関係上構内奥の一隅以外に適当なピケの実施場所がなく、しかも当時組合員らは後記のとおり代替運転手を説得する意図で本件構内にとどまつたと認められ、そのピケ状況も、手段方法として正当な範囲内にあつたと思料されるから、不退去罪が成立していたとは考えられない。)
(4) 代替運転手の乗込直後、被告人及び組合員らが、本件車両の下に俯せ、或いは坐り込んだ点(以下「車両下へのもぐり込み等」という)については、その乗込直前及び乗込時に暴行、脅迫等の違法な行為をなした事実はなく、また私服警察官の警備活動(監視行為)や組合側のそれまでの言動等客観的事実からみても違法事態の発生を予想させるような徴候もなかつた(検察側証人林糺は、第四回公判廷で同旨の証言をしている)し、被告人及び組合員らとしても機動隊の出動等夢想だにしていなかつたのであり、それにも拘わらず会社側が事前に警察の出動を要請し警察と手筈をととのえた上で、その出動を背景として代替運転手による乗込及び強行運転を企図し、実施したためにこれに対する被告人及び組合員らの激昂とピケを突破された憤懣とが被告人、組合員らをして反射的にこのような行動をとるに至らしめたもので、当初から車の下へのもぐり込み等を予定し、或いは警察との衝突をも辞せざる意図の下に、右の行為に出たものとは認められない。
(5) また現実に被告人及び右組合員らは、本件ピケを突破した会社側職員、代替運転手及び全自運組合員の排除に当つた警察官に対して有形力を行使した形跡は全くない。
以上の事実及び後記(二)の(4)の事実を綜合して考えると、全自運組合及び被告人が、本件スト及びピケにより意図したところは、主として会社側に対して、少数組合軽視の態度を反省させ、誠意ある団交を求めること及びスキャップ要員としてやつて来た私鉄組合所属の代替運転手に対しては、同組合の友好的態度に期待して全自運組合のストへの協力を求めて説得することにあつたと認めるのが相当であり、また代替運転手乗込後についても、会社側が警察力の出動を背景にピケラインを突破したことに対する抗議と反発から、従前のピケの終末形態として少数組合ながらの団結の示威をそれまでより強く示したに過ぎず(従つて代替運転手に対する説得の目的は相対的に後退している)会社側の車両運行、代替運転手の就労をあくまで阻止しようとの意図で計画され実施されたものではないと認めるのが相当である。
検察官は、本件ピケにつき、組合側は団交に藉口して本件トラックの引渡しを拒否し、会社財産権ないし使用権を侵害したと主張し、その理由として組合側が会社提案の本社での団交を拒否したことをあげる。
右主張につき考えるに、従来会社側が団交を拒否したり、遅延した事実は認められないけれども、前に説示した会社、組合間の力関係等からして従来の団交において、会社側が必ずしも誠意ある態度を示していたとは認め難いところ、本件争議現場で、被告人が会社に要求している団交の要求項目には従業員休養室の枕カバー、シーツ等の改善等従業員として最底の要求と考えられる事項の存すること及び昭和三九年にも、同種ピケを実施したが、その際、会社側は団交に応じたので、被告人は、今回も同様に事態が進展することを期待していたとみられるふしがあることからすると、被告人の意図は、団交に藉口して車両の運行阻止を企図したものではなく、むしろ車両を阻止する勢を示して会社側の誠意ある団交を求めたものとみるのが自然である。
すなわち、会社側のいう本社団交案は、組合側がピケを解除して車両を引渡すことを当然の前提としているが、それに応じることは、本件ストの成果が不明のまま実効性のあるストは終了してしまうこと、ましてや本件ストにおいて、代替運転手は、会社、全自運組合間の争議に傍観者的態度をとり積極的な就労意思を表明しておらず(むしろ業務命令にもしぶしぶ従つた事実が窺われる)、また、当時の全自運組合、私鉄組合間の関係(共闘関係にあつたとはいえないとしても、相互に相手の存在を是認する態度をとつていたし、事実私鉄組合は、前示認定のとおり、代替運転手の引上げを行ない、全自運の本件ストに対し友好的態度を示したし、また全自運組合のストと知つて代替運転手に予定されていた私鉄労組員一名が会社の命令を無視して現場から引上げている)からして、当時の被告人が会社側の業務命令によりピケラインにやつて来る私鉄組合所属の代替運転手に対し、説得が可能であり、ピケを維持したまま団交に入り得ると考えたとしても無理はない。
しかも、被告人を含む組合員らが、車両の引渡しを求める会社側に団交及び要求の実現を求めて前記のやりとりをしていたのは、まだ代替運転手を乗り込ませる前のことであり、機動隊導入の噂が流布されて以後の緊迫した状況とは、一応区別して考える必要があるのであつて、この点をも考慮してみると、右のような状況下において、被告人が会社側提案の本社団交を拒否したことも十分首肯できるものというべく、当時の被告人としては、組合に有利な状態すなわちピケを維持したまま団交に入ることを意図していたもの(会社側が、無条件にピケの解除を求めなければ、被告人としては、団交の場所は本社でも智頭営業所事務室でも選ぶところはなかつた)と判断するのが相当である。
よつて、この点に関する検察官の主張は採用できない。
次に検察官は、被告人及び組合員は、代替運転手に対し説得しようとした事実は全く認められず、最初からあくまで発車を阻止する目的でのみ本件車両の下にもぐり込んだのであると主張する。
なるほど、被告人を含めて組合員が代替運転手乗込時及び乗込後において、同人らにストへの協力を求めるため説得を試みた事実は認められない。しかしながら、本件ピケは、代替運転手乗込直前から専ら会社側の不当な行動に抗議するため団結の威力を示すピケに重点を移行したのであり、しかも代替運転手は、乗込直前から会社側の業務命令により会社側の一員となり独自性を失つたものであるから、代替運転手に説得を試みなかつたことをもつて本件ピケが業務阻害目的であつたと認定することは困難である。
(二) 本件ピケの態様について
ストは、使用者に対する集団的労務提供拒否を内容とするものであるから、ストの実効性を確保するためのピケの態様もまた原則として団結の示威及び就労希望者に争議への協力を訴え、その翻意を求めるための説得を建前とするものでなければならず、この限度を越えて説得に応じないことの明らかな会社側ないし就労希望者に対し、ピケ組合員が直接に有形力を行使し、あるいは集団の勢威をもつて脅迫するような攻撃的態度に出ることはもとより、執拗かつ終局的に業務活動、就労を阻止することは違法といわざるを得ず、このような場合に会社側が警察にピケ排除を要請したからといつて会社側が違法、不当を云々される筋合のものでないことはいうまでもなく、またそのことの故をもつて組合側の右の如きピケが、正当な争議行為として許容される理由はない。
しかしながら、本件のように三〇余名で組織される少数組合の僅々一二名程の消極的、受動的ピケに対してピケによる違法事態が未だ発生せず、また将来も発生する虞がないにも拘わらず、力関係において圧倒的償位に立つ会社側が相手方との交渉により自主的に解決すべき努力を放擲し(労働関係調整法二条、四条参照)、労使対等の原則に反して警察力の出動を背景にピケを突破、車両の運行を強行しようとする緊急事態下においては、右と同一に論じることはできないのであつて、組合側に、会社側の右不当な行為に対する実効性のある法的救済手段がなく、抗議行動とても従来の会社側の態度からして即時その場で行なわなければ効果がなく、抗議行動も必要やむを得ない最小限度のものと認められる等特段の事情のある場合には(組合側が)抗議行為の一態様として車両の下にもぐり込む等して一時その発進に抵抗したとしても、未だその態様において団結の示威を示すあまり正当な範囲を逸脱したものと解することはできない。
検察官は、この点につきピケは言論による説得または団結の示威等平和的な方法のみが適法とされると主張し、いわゆる平和的説得論を展開するのであるが、労働争議の多様性、流動性、複雑性に鑑みると、右の平和的説得論は、ピケの正当性判断の基準ではあるが、劃一的、絶対的に固定した基準とは解し雑く、ピケの正当性の限界は労働基本権と経営権或いは就労権との調和を図りつつ、当該労働事件に現われた前段説示の諸事情を考慮して判断すべきものと解する。
かかる見地から、本件ピケの態様を検討するに、前記認定事実によると、
(1) 本件ピケに際し、被告人及び全自運組合員と会社側との間において、口頭の応酬の間に勢の赴くところから、被告人及び約合員らが罵言を発したことはあつたが、直接相手方に対する暴力の行使或いは物の破損等の行為は全くなく、いわば消極的抵抗に終始しており、最後の段階においても車両の前方下方にもぐり込む等してその発進に抵抗したのみで、代替運転手或いは警察官に対しても何ら攻撃的姿勢は見られない。車上でエンジンを吹かしている代替運転手に対し「轢き殺して通れ」等の言辞を吐いたことも、その時点の混乱状態においては代替運転手や会社職員に対する的確な脅迫とは認め難い。
(2) しかも被告人及び組合員らの車両下へのもぐり込み行為等についても、公訴事実のようにこの点のみを取り上げて評価するのは妥当ではなく、前説示のとおり全自運組合が会社側に少数組合軽視の態度を反省させる目的で実施した本件スト及びピケにおいて、当時代替運転手のストに対する傍観者的態度等の客観状勢から被告人及び組合員らとしては、右の如きストの目的を達成し得ると予測しはじめた時点で、会社側は全く右の如き情勢に対する判断をせず、従来同様の態度でピケの解消を前提として本社での団交を提案し(当時の事態からこの提案を組合側が受け入れることは考えられない)ただれで、それ以上に自主的紛争解決への配慮をすることなく、労使対等の原則に反して早くから警察の出動を要請し(当時何等違法事態の発生はなくまた発生の虞もなかつた)、警察力の導入の手筈を整えたうえで強引にピケを突破し、代替運転手を乗り込ませエンジンを吹かせた等の会社側の一連の行動に対するものとして考えるべきで、これに反発した被告人及び組合員らが、いわば反射的にとつた抗議行動であるとみるべきである。また被告人及び組合員らとしても組合本部からの連絡及び新聞記者の到着等当時の緊迫した情況から、既に警察機動隊の導入を知つていたのであり、その導入を間近に感じながら行動している被告人らにおいて、終局的に車両の運行を阻止し得る目算あつての行為とは到底考え難い。
(3) 前記のごとく会社側の全自運組合に対する公平を欠く態度は被告人らがこれを不当労働行為として強く抗議していたところで、当時被告人及び組合員らとしては、もはや実効性のある法的救済手段もなく、会社側の態度を甘受するにおいては更に引き続き不当労働行為を招来するとの切迫した心境にあつたことも推認し得るところであつて、被告人及び組合員らが本件ピケにおいて前記の如き程度の抵抗に終始したことは、むしろ違法行為に至ることを自制した結果とも考え得る。
(4) 更に、右の抗議行為がなされた時間は、代替運転手が乗込んでから三原署長が構内に入り本件争議に明白に関与することになるまでで約三〇分、警察の実力行使により本件ピケが排除されるに至るまでを考慮に入れても、たかだか五〇分に過ぎず、いずれにせよ、抗議行為が、不当に長時間に及んだものとはいえない。
(5) 前に認定の如く、本件スト及びピケは、全自運組合の人数特にピケの人員の点を考えれば甚しく威力性及び持続性に欠け、また被告人及び組合員らが過激な行動を自制した点を考えれば、ストが予定の経過を完遂してもなお会社側に大なる損害を及ぼすものとは考え難い。本件の場合運行を阻止された車両は計四台、積荷は雑貨品で急速な処置を要する品種ではなかつた。前記認定の如く、本件ストは警察のピケ排除により四月二七日午後三時一九分頃事実上終つたのであるが、私鉄組合が被告人及び全自運組合員らのストに協力し代替運転手を引きあげたため、会社側は翌二八日に至り目的地出雲市で積荷を荷受人に引渡さざるを得ない結果となつたが、荷受人には期限内に交付できたため実質的な影響を与えていない。
従つて本件の場合、会社側は特に大なる損害というべきものはなかつたと判断される。
以上の事実を綜合すると会社側の警察力の導入を背景とするピケ突破及び運転の強行等一連の行為は、近代的な労使関係のあり方や労使対等の原則に反し当を得たものということはできず、これに対する反発と抗議から組合側が反射的に一時車両の下にもぐり込む等の行為があつたとしても前説示のような状況下においては団結の示威を示すピケの態様として正当な範囲を逸脱したものと評価することはできない。
第四結論
以上列記の各事項を綜合して考えるに、本件ピケ並びにその終末段階における車両の下へのもぐり込み行為等は、諸般の事情からみて未だ争議行為における労働者側の威力行使として正当な範囲を逸脱したものとは認め難く、被告人の所為は正当な争議行為として違法性を阻却せられ、罪とならないものであるから刑事訴訟法三三六条前段により、無罪の言渡しをする。
よつて主文のとおり判決する。(高橋俊士 金田育三 中川隆司)